10月2日
全国の自然について(地元中心)
自然大学 中瀬重幸講師による講座
《 緑豊かな北摂の自然を知るために 》
【世界の中の日本】
・地球面積の陸地:海はおおよそ3:7です。
・森林面積は陸地の3割、地球表面の1割です。
・日本の陸地は世界の陸地の1/400。森林率は67%。これは世界第2位で
1位はフィンランドです。
・日本の山は緑なのに対し、世界の山は殆どが緑でなく、茶色い岩石です。
陸地の約47%が乾燥地帯です。
・降水量は世界の平均が900ml年に対し、日本は1,750ml年です。
ちなみにカイロは20mlです。日本は森林を伐採しても、ほっておけばまた出てきます。
・日本の世界に類を見ない複雑な自然環境
①5つの大陸プレートが日本列島でぶつかっているため火山・地震列島。
②複雑な海流
③ジェット気流が込み合っている複雑な気流
日本には四季が有ることの素晴らしさ、世界にも希な激しい気候変化、厳しさと優しさが有り、植物相の豊かさ
多様性が有り、それが動物相も決めている。
亜熱帯・暖湿帯 ⇒ 照葉樹・常緑広葉樹
冷湿帯・亜寒帯 ⇒ 落葉広葉樹・常緑針葉樹・落葉針葉樹
【北摂(豊能)の自然】
・気候帯:暖湿帯 ⇒ 落葉広葉樹・落葉広葉樹林
・土 壌:森林褐色土
・地 質:古い丹波層群・有馬高槻構造帯 ⇒ 植物にも影響
・森林率:大阪府平均は3割なのに対し6割以上
・北摂のとっておきの樹木
エドヒガン (寿命が長く、古い地質を好む)
ブナの自然林(妙見山天然記念物:標高が低い、一本で8トンの水を蓄える)
タムシバ (コブシに似ている)
全体としては里山林、農用林の放置により落葉広葉樹林化が進んでいるが、黒川のクヌギ林など菊炭で
有名である。ニホンオオカミが絶滅したことで、シカの食害が増加し結果多様性低下、土壌保全力の
低下が進んでいる。
兵庫・京都方面からクマの出没がみられる。
中瀬講師は、かつてパイロットとして長年にわたり、文字通り世界を地球規模で実際に観て来られた経験を踏まえ、分かりやすくしかも学術的にお話してくださいました。地球の一部としての日本、その中の北摂と俯瞰的に捉えることができ、知的にも刺激を受けた講座でした。
≪クラスカフェ・クラスの語らい≫
①次回午後の校外学習多田銀山の見学についてディレクターから注意事項などの説明が有りました。
②時間と会場の都合で出来なかった全体での自己紹介が有りました。
今年度もそてぞれにユニークな内容で、より親密(密では有りません)な雰囲気になりました。
令和2年度のこれからの活動が楽しみな受講生でした。
10月9日
《日本の自然について》
なにわの伝統野菜応援団員 森下正博講師による講座
有名なマンガ「美味しんぼ」にも登場された、農学博士です。
〈 近畿地域における農業産出額の府県別部門別構成割合 〉
大阪府‥野菜45.3%、米21.5%、果実18.4%他
滋賀県‥米54.7%、野菜19.2%、肉用牛10.2%他
和歌山県‥果実62.9%、野菜15.5%.、米6%、他
府県によって特色がある
〈 大阪府の農業産出額 〉
生産額の高い順から
兵庫県1,690億円、和歌山1,116億円、京都740億円、滋賀636億円、奈良436億円、大阪353億円と
なっており、兵庫県と和歌山県で近畿の農業産出額全体の過半を占めている。
〈 大阪農産物の販売金額規模別経営体数 〉
全経営体数 9,293のうち22%が農産物の販売を
していない、41%が50万円未満の収入を得ている
ことがわかる。
〈 なにわの伝統野菜について 〉
●なにわの伝統野菜とは
大阪府では、平成17年から「なにわの伝統野菜認証制度」をスタートしました。
大阪府では、以下3点の基準を設け、認証しています。
①概ね100年前から大阪府内栽培されてきた野菜
②苗、種子等の来歴が明らかで、大阪独自の品目、品種であり、栽培に供する苗、種子等確保が可能な野菜
③府内で生産されている野菜
〈 豊能町のなにわの伝統野菜 〉
高山真菜・・・豊能町高山地区で江戸時代より
栽培されています。
高山ごぼう・・・豊能町高山地区にて栽培されている。
江戸時代、茨木在住の農学者・小西篤好の尽力により
栽培が始まった
講師の森下さんは大阪の伝統野菜の応援団員として
情熱を注がれておられ、学ぶところが多々ありました。
高山ごぼうが栽培されるようになった経緯も初めて知ることができ、感激しました。
〈 多田銀山見学 〉
昼からはお隣の町、猪名川町にある多田銀山の見学に
行ってきました!
猪名川町観光ボランティアガイドの方々のご案内で丁寧に説明してくださり、
とても分かりやすかったです!
〈 多田銅銀山悠久の館 〉
2015年(平成27年)10月7日、多田銀銅山遺跡跡が国史跡に指定されました。
多田銅銀山悠久の館は、多田銀銅山遺跡の仲でも特に重要であると認められた銀山地区(旧銀山町)の
歴史を中心に紹介する施設で、館内の展示スペースには多田銀銅山にまつわる絵図や古文書、また鉱石や
鉱山道具などの資料を展示されています。
〈 堀家精錬所跡 〉
明治28年、島根県の鉱業家で「鉱山王」と呼ばれた堀藤十郎が銀・銅・鉛の生産を始めました。
明治39年、生産規模を拡大するため、当時の最新設備を設置するなど近代化を図りましたが、明治40年に始まった銀・銅の価格暴落により、機械選鉱場は使用されることなく休業に至ったそうです。
〈 金彦山神社 〉
鉱山の神様であり、金銀財宝守護、鎮火、防火の神としても知られています。
大同2年(807)に氏神山神社として建立され、天禄2年(971)に社殿が御修造されたと
記録されています。
〈 青木間歩 〉
山地の中に生える常緑低木の「アオキ」が間歩の周辺に密生していたところから、「青木間歩」と名付けられました。間歩(まぶ)とは江戸時代に鉱山で鉱石を採掘するために
掘った穴、坑道の事です。
江戸時代に採掘された間歩で、手彫りの露天掘りと、機械を使って採掘された坑道の二つが混在しています。平成12年より、町が整備し、体験入坑できる唯一の間歩でしたが、昨年より、残念ながら中に入っての見学ができなくなり、外からの見学でした。
多田銀山は今回、初めて行きました。
当日はあいにくの雨でしたが、川沿いの森林の中を歩き、当時の方々の生活を偲び、しばしタイムスリップすることができました。みなさんもぜひ、一度見学に行かれてはいかがですか!
10月30日
≪手話グループ”杉の会”の皆さんによる手話のお話し≫
豊能町ボランティア連絡会登録グループ”杉の会”のみなさんより、耳の聞えない無い方との
手話を中心としたコミュニケーションの取り方についてお話しがありました。外見では不自
由な事が周囲の人には分からないため、不便さを感じる時や怖い思いをされる時などについ
て、実際の体験をお聴きしました。例えば、後ろからクラクションを鳴らされ、気づかずに
道を譲らなかったため、スレスレの所を追い越され、大声で怒られた事、買い物などで、
商品の説明が欲しい時に不便を感じる等々、他にもいろいろあるとの事です。
手話の他にも口話(話す人の口の動き・形で伝える 話す時はゆっくり口を大きく動かす)、筆談、身振り、指文字(五十音を指の形です)、
絵や空画(空間に指で字や絵を描く)などが有りとの事。どんな方法であれ、その場の状況判断、相手を思いやる気持ち、伝えたいという熱意が大切だと感じました。
また、最近ではスマホの普及により、随分とスムーズなコミュニケーションがとれる事が増えたそうです。
どんな方法であれ、その場の状況判断、相手を思いやる気持ち、伝えたいという熱意が大切だと感じました。
我々の普段の生活の中でも、意識せずに身振り、手振りで意思疎通を行う場面が有り、杉の会の方から具体例とその時に動きについて
問いかけがあり、それに関連して簡単で初歩的な手話入門の実技講習がありました。
いろいろと有意義なお話しの内容で、認識を新たにさせられました。
杉の会のみなさん、有難うございました。下の写真は講師の指導のもと、実際に初歩の手話を体験している風景です。
≪クラスカフェ・クラスの語らい≫
①11月27日に予定されている清水講師によるフラワーアレンジメントについて。
クラスで話し合った結果、上記月日に実施する事、せっかく学ぶなら良い作品を作りたいという意見も有り、
お花を始めとする材料費などの各人会費が決まりました。
②各班毎にダイスを振って6個のテーマについて各人が話をしました。最初は戸惑っていましたが、進むにつれて盛り上がりを見せ楽しい時間を持つことができました。
6個のテーマは
1.宝くじで10億円当たったらどうする?
2.今だから話せる失敗談
3.ふるさと自慢
4.めっちゃ感動したこと
5.美しいと思った事・物・場所
6.50年前の自分
何故か1.が多く出た?ような・・・やっぱりお金は有って邪魔に
はならない!50年前の自分では、それぞれの生きてきた歴史が有
りました。50年前は未だ産まれてなかったという人も(笑)。
《世界の海》
大塚滋夫講師による講座
今回の講師、大塚さんは府民カレッジ豊能校のクラスメイト、我々の知らない海の上でのいろいろな話を分かりやすく、
面白く紹介してくださいました。
船乗りになった動機は、なんとなく面白そう!という事で神戸商船大学を卒業後に外洋航海船に乗船され、多くの職制を
経験、船長(キャプテン)として多くの物を世界の海、各国の港へ届け、長いときは約半年間もの航海になる事も有るそう
です。船長はいわば外交官、制服もそれなりのものを身にまとっていたそうです。
また余り長期の航海の場合は途中でクルーの交代もあるとか。その場合は中継地点まで飛行機で行き、港で交代。
その際も長時間の引き継ぎはほぼ無く、下船するクルーが舟から降りてきて、乗船するクルーが”ご苦労様・・・・・”と
挨拶後、すぐに持ち場につくそうです。通常はそれで航海に支障は無いそうです。
通常の企業での引き継ぎと大きく異なりビックリしました。
上の画像は熱心に講師の話に耳を傾ける受講生。
・段右端のマップは航行した海と港です。
・下段の左「世界で活躍する日本の船」で日本の船舶の素晴らしい造船技術、航行能力を評価。
外国で造船された船舶の中には乗船するのを躊躇するような船舶も有るようです。実際に航海途中に浸水した事も有り、至急整備可能な
港に状況の連絡と修理依頼をします。
・下段の中の表は船舶の航行のための職制(1979年の通信衛星の登場によりモールス信号は無くなり、通信長、通信士は軍艦を除く
特別な場合を除きいなくなりました。
・下段の船長記録簿は私的な引き継ぎのための記録で、一般的に知られている航海日誌(永久保存)とは異なります。
・下段右端は船舶に乗り込むパイロット(水先法による国家資格で、船長経験が有り、日本人で有ること、前科が無いことなどの必要条件
がある。 飛行機のパイロットとは異なり、船舶の航路を指示する水先人。大塚さんはパイロットも務めておられます。
最後に、我々の知らない船乗りさんの日常についての中からいくつかQ&A形式で紹介します。
長い航海中に治療が必要な急患が発生した場合は?
大学で毎週2時間の講義を受け、船舶衛生管理者適任証という国家資格を取得し対応、盲腸の手術などは対応するそうです。冗談だと
思いますが、大塚さんが対応する旨を説明したお陰で、急患はほぼ発生しなかったらしいです。
シージャック(海賊)は現在も発生している?実際に乗ってこられた経験は?
海賊の疑いの有る船が近づいてきた事は有るそうです。乗ってこられないよう甲板での見張りが必要。実際に乗船されたことはないそう
です。万一乗ってこられたら、最終対応も船長の役割だそうです。
夜中の当直は誰が担当?
午前と午後に一等航海士、二等航海士、三等航海士が交替で、各4時間入ります。何か危険や異常、疑問を感じたら船長に連絡、船長が
直ちに対応します。
零時~4時 二等航海士
4時~8時 一等航海士
8時~12時 三等航海士
飛行機と同じように目的地までGPSによる自動操縦が有る?
潮の流れや風向きが航路・海域により異なるので自動操縦は難しとの事です。
船内での食事は専属の料理人が乗船している?
乗船しています。司厨長、司厨手が乗船しています。
大塚船長楽しく貴重なお話しを有難うございました。Bon Voyage!